takabow2011のブログ

思い出深い芸能界のこと、パソコンやITのことを綴っていきます。

作文じゃない!

今では、人口が9千を割り、田舎を色々なところで過去を分析している。

持論を書いてみましょう。

島が退化してしまった理由を考えると、

時代の波にのれなかった。

島の経済活動の盛んだった頃は、人口の流動率が盛んで、活性化していた。

そうでなくなると、オリジンさん達の持っている縁故意識が目立ちだす。

それを嫌いだと言っていた人が私だけかと思っていたら、若い世代が意外や意外、多かった。(特に女性!だから地元意識よりも離れたい意識が大きいひとが多かった。)

島がいい所かどうかは、地元の人が評価するべきことではないが、必ずしも、実情はそうではないと判断していた人がいたんだろう。

まっ、必ずしも人間が綺麗な生き物というよりは、そうでない傾向が社会でもみてとれるが、人それぞれ、住んでいる環境で人が変ることはないと思う。

ただ、言えることは、

島社会は、減点主義で、とにかく人の失敗や粗を探すこと、それに対して徹底的に潰すことはたけている。

集団暴力といっていいと思う。(随分、私ははっきりとそのものずばりを表現するでしょう。冷静に分析できているんです。)

女性が訴えていたのは、「プライバシーがない」ということ。

根も葉も無い噂を楽しむ趣味の方が多いとのこと。

個人で話せば、こんな話題がぼろぼろ出てきます。

必ず彼らが出す論法は、「島は心の綺麗な人が多い。」と言う前提で話をすすめることが多い。

「島に住んで良かった。」と

「単純に都会=冷たい 」の2極化でしか田舎の良さを比較しかできないのだ。

ちなみに家の親父がこの典型です。

私から言えば、

都会=人が多いが、色々な悩み、目的を持った出会いができる、いい人も多い

田舎=親父の人間関係は怪しい人が多い。島という環境が前提で生きられている人が多い。だから排他的で独善の傾向が強い。

もっと進んで考えれば、

都会=チャンスが多い。

田舎=固定的で都会の逆

となる。

俗物根性の塊かと疑うことが多かった。

なんせ母方の親戚が医者でいると仮定しよう。

血がつながっていなくても、親戚として自慢の話題になるのだ。

人としての誇りとか、努力とか、尊いものがまったく 感じることのできないお笑いの場所でしかなかった。

いいことは、自慢話としてエスカレートしていって悪いことは隠蔽する体質。

これが島のオリジンじゃないかと思います。

兎にも角にも「恥」という意識、言葉を好んで使います。(乱用といってもいいのでは)

でも私にとっての恥は嘘をつくことです。

侍スピリットを持った人が少なかったのは、やはり「島」だからでしょうか?

人間は成功する仮定で失敗もあれば成功もあります。

パソコンだって、人は失敗するのを前提に設計します。

(それでも失敗しますね。)

人の価値は目的をもった経験だと思います。

あまり自慢できない家系から出てきた私ですが、応援するのは、孤独でも努力する人です。

最近 特にいいなと思うことが、ボロボロまで野球を続ける人が増えたことです。

野茂、桑田、清原、

花道を飾るのもいいですが、「野球を続けたい!」「自分の可能性を信じる」その気持がもてるだけ、素晴らしいなと思います。

nomoクラブも近くにありますので、是非 野茂さんと会いたいですね。

子供と一緒に写真をとれたらと願っています。

子供にアスリートを見せるのも、

娘と同じぐらいの身長の人でも、42Kを走りぬける、意思なくして何もできない、努力、訓練に勝る才能はない、ことを実感してもらうためです。

本当に、不遇な時代が多かった島時代でしたが、しっかりと本来のものを取りもどそうと思います。